こころに"なってみる"
- 余白の中で、無音を聴く-
おかもと ちえ
あなたの中に、まだ聴かれていない声がある。
あなたの中に
まだ聴かれていない声がある。
私たちは頭の中の「正しい言葉」で生きるうちに、心の底で震える本当の声に耳を傾ける事を避けようとしてしまいます。
こころは、言葉以前の「身体の感覚」としてそこにあります。
それは、まだ言葉にならない微細な振動であり、あなたの中に広がる圧倒的な「余白」そのものです。
私のカウンセリングは、あなたをどこかへ導く場所ではありません。
評価せず、解釈せず、ただそこにいて聴くこと。あなたの中に静かに息づく「まだ聴かれていない声」に
そっと意識を向け、その微細な振動を、共に聴き届ける時間です。
野生のような強さも、消え入りそうな危うさも、すべてをそのまま、ここにひらいてみる。
「こころになってみる」ことから、本当のあなたの物語が、静かに動き始めます。
「おかもと ちえ」という人
「おかもと ちえ」
という人
小さい頃のわたし
人見知りで、いつも一人だった。
本当は寂しかった。とずっと思っていた。
還暦になって、振り返ってみると、違っていた。
屋久島を後にする際、私のお別れメッセージは、
「充分に遊んで眠たくなったので、岡山に帰ります。ホーッ!」だった。
子どものころ、くたくたになるまで、自然と戯れ遊び、コテンと眠りについていた。
あの感覚に似ている。
小さい頃の私は、独りぼっち=さみしいと頭の中の思考で生きてきたのだ。
実は、ただ、今を十分すぎるほど生きていただけだ。
クマゼミでいっぱいの虫かごを斜めかけにして、来る日も来る日も山道を歩いていた。
今でも、命を削るクマゼミの叫びを左脇腹でジャンジャン響かせる。
あの響きがわたしの“何か”を掻き立てる。
小さい頃の私
人見知りで、いつも一人だった。
本当は寂しかった。とずっと思っていた。
還暦になって、振り返ってみると、違っていた。
屋久島を後にする際、私のお別れメッセージは、
「充分に遊んで眠たくなったので、岡山に帰ります。ホーッ!」だった。
子どものころ、くたくたになるまで、自然と戯れ遊び、コテンと眠りについていた。
あの感覚に似ている。
小さい頃の私は、独りぼっち=さみしいと頭の中の思考で生きてきたのだ。
実は、ただ、今を十分すぎるほど生きていただけだ。
クマゼミでいっぱいの虫かごを斜めかけにして、来る日も来る日も山道を歩いていた。
今でも、命を削るクマゼミの叫びを左脇腹でジャンジャン響かせる。
あの響きがわたしの“何か”を掻き立てる。
変わらないわたし
とんびが「ぴーひゃららー」と鳴きながら旋回していると、私も大きく両手の翼をひろげて戯れてみる。
彼らはちゃんと私だとわかっている。
ただ、雨が降る暗い日は、いつもと違う。手を二倍伸ばせば届くほどの頭上を飛ぶ。その目は、獲物を捕らえる目だ。
狩られる前に狩るぞ。
そんな自分も、ちゃんといる。
波打ち際に松の葉が一本立っていた。波が来てもさらわれず、しなっている。
すぐに“はだし”になって、松の葉になってみた。
波は味方だった。
波の呼吸に合わせて、しなる。
波打ち際を裸足で歩いたあと、足首から下に残る感覚は、水面を歩けるほどの軽さだった。
変わらないわたし
とんびが「ぴーひゃららー」と鳴きながら旋回していると、私も大きく両手の翼をひろげて戯れてみる。
彼らはちゃんと私だとわかっている。
ただ、雨が降る暗い日は、いつもと違う。手を二倍伸ばせば届くほどの頭上を飛ぶ。その目は、獲物を捕らえる目だ。
狩られる前に狩るぞ。
そんな自分も、ちゃんといる。
波打ち際に松の葉が一本立っていた。波が来てもさらわれず、しなっている。
すぐに“はだし”になって、松の葉になってみた。
波は味方だった。
波の呼吸に合わせて、しなる。
波打ち際を裸足で歩いたあと、足首から下に残る感覚は、水面を歩けるほどの軽さだった。
屋久島
屋久島
屋久島にて
2023年9月7日、フェリー屋久島2から、H2Aロケットの打ち上げを観た。
白い線が空高く高く伸びていく。
さあ、屋久島の旅の始まりだ。
だだっ広い、ごろ寝できる部屋は貸し切り状態。
横になってみる。
背中で水面をかき分ける波を感じながら、夢をみた。
水面にヤクシカがすっと立ち、横になっている私を、振り返ってじっと見ている。
捉えられ、身動きできない。
不思議と獣のにおいは感じない。
温かさ、冷やかさもない、淡々と見られている感じ。
その眼差しの前では、隠しておけるものが何もなかった。
リトリートセンターの2番目に好きな場に腰をおろす。
ただあることが許される場に「自分を溶かさざるを得ない」感じがした。
小さな虫までも、わたしの身体を通り抜けるほどに、私が虫なのか、虫が私なのか境界がない世界にいる。
自分を溶かす体験を初めてした。
屋久島にて
2023年9月7日、フェリー屋久島2から、H2Aロケットの打ち上げを観た。
白い線が空高く高く伸びていく。
さあ、屋久島の旅の始まりだ。
だだっ広い、ごろ寝できる部屋は貸し切り状態。横になってみる。
背中で水面をかき分ける波を感じながら、夢をみた。
水面にヤクシカがすっと立ち、横になっている私を、振り返ってじっと見ている。
捉えられ、身動きできない。
不思議と獣のにおいは感じない。
温かさ、冷やかさもない、淡々と見られている感じ。
その眼差しの前では、隠しておけるものが何もなかった。
リトリートセンターの2番目に好きな場に腰をおろす。
ただあることが許される場に「自分を溶かさざるを得ない」感じがした。
小さな虫までも、わたしの身体を通り抜けるほどに、私が虫なのか、虫が私なのか境界がない世界にいる。
自分を溶かす体験を初めてした。
二度目の屋久島
不思議な事にフェリー屋久島2のデッキに、ほんの一瞬だけクロアゲハ。
夜、網戸の向こうから部屋をのぞいていたクロアゲハ。
朽木で、“早く・ゆっくり”を繰り返し羽ばたきしているクロアゲハ。
最終日、スーパーの袋詰めコーナーに迷い込んできた美しいクロアゲハ。
「これでもか、これでもか」と言わんばかりにクロアゲハ。
私はどちらかといえばトンボと自分のことを思っている。
触れると羽がほろほろかけそうになる繊細さ、予測不能にダンスするように舞う蝶々。
わたしではないって…
だけど、あの時から肩甲骨あたりがムズムズする感じがある。
わたしでないものを、ないことにする違和感が芽生え始めてた。
クワズイモの葉の下で、久しぶりに自分を抱きしめた。葉の裏側は命の営み。
血管のように「どくどく」と感じる葉脈の下にうずくまり、全身を抱きしめた時、あまりにも優しすぎる心音に心がほどけた。
二度目の屋久島
不思議な事にフェリー屋久島2のデッキに、ほんの一瞬だけクロアゲハ。
夜、網戸の向こうから部屋をのぞいていたクロアゲハ。
朽木で、“早く・ゆっくり”を繰り返し羽ばたきしているクロアゲハ。
最終日、スーパーの袋詰めコーナーに迷い込んできた美しいクロアゲハ。
「これでもか、これでもか」と言わんばかりにクロアゲハ。
私はどちらかといえばトンボと自分のことを思っている。
触れると羽がほろほろかけそうになる繊細さ、予測不能にダンスするように舞う蝶々。
わたしではないって…
だけど、あの時から肩甲骨あたりがムズムズする感じがある。
わたしでないものを、ないことにする違和感が芽生え始めてた。
クワズイモの葉の下で、久しぶりに自分を抱きしめた。葉の裏側は命の営み。
血管のように「どくどく」と感じる葉脈の下にうずくまり、全身を抱きしめた時、あまりにも優しすぎる心音に心がほどけた。
カウンセラーとして
カウンセラーとして
カウンセリングの始まり
私がカウンセリングを始めたのは、誰かのためにと、ずっとそう思っていた。
でもある日、気がついた。
そこには、いいかっこしたい自分がいた。
どす黒い自分がいた。
あさりみたいに、口をギュッとつむりたくなった。
それがわかっていても、閉ざしたくなる心もある。
かたくなな自分も、まだいる。
それでも、その自分を、はじめてちゃんと見た。
そこから、本当の意味でのカウンセリングが始まった気がする。
カウンセリングの始まり
私がカウンセリングを始めたのは、誰かのためにと、ずっとそう思っていた。
でもある日、気がついた。
そこには、いいかっこしたい自分がいた。
どす黒い自分がいた。
あさりみたいに、口をギュッとつむりたくなった。
それがわかっていても、閉ざしたくなる心もある。
かたくなな自分も、まだいる。
それでも、その自分を、はじめてちゃんと見た。
そこから、本当の意味でのカウンセリングが始まった気がする。
時はくるべくして、きた。
2年間、仲間たちと共にどっぷり学んだ。
ここからが、始まり。
こぶしを静かにギュッとにぎると、
内側で何かが駆り立てられる。
私にとって、ホームページは、舟出のようだ。
長年、心のロープでつないでいた、あの舟。
そのロープを、自ら解く。
還暦、ひのえうま、時はくるべくして、きた。
時はくるべくしてきた。
2年間、仲間たちと共にどっぷり学んだ。
ここからが、始まり。
こぶしを静かにギュッとにぎると、
内側で何かが駆り立てられる。
私にとって、ホームページは、舟出のようだ。
長年、心のロープでつないでいた、あの舟。
そのロープを、自ら解く。
還暦、ひのえうま、時はくるべくして、きた。
場に流れているもの
得体のしれない「怒り」や「憎しみ」や「悲しみ」を今の感情として表していたグループワークで、
突然、私の中に流れ込む「衝動」が、“和太鼓”を思い起こさせた。
同時に和太鼓の叩く音とバチを振り下ろすエネルギーを感じ、そこに宿る“感情の衝動のようなもの”をどうしても伝えたくなった。
その場で「和太鼓だ」とそのまま伝えると、その場にいた人が得体のしれない「怒り」や「憎しみ」や「悲しみ」を和太鼓がないにもかかわらずその場で叩き出した。
全員が本気で叩き、思いのたけをぶつけ出す。
必ずしも整っているわけではなく、はみ出し、尖っているのに何故か一体になっている。
そこにはクライエントもカウンセラーもなくそれぞれのエネルギーがほとばしるような時間だった。
そして、クライアントの号令で、ピタッと終わった。
ふと、何かがやってくる瞬間がある。
ピアノやマスク、境界線にもなってみる。
ZOOMで“四股”も踏んだ。
バラの花になって唯一無二の友に空の上まで会いに行く。
別のある日、「境界線があるんだよね」と言うクライアントがいた。
その瞬間、自分が溶けていくような感覚が来た。そのまま、自分が境界線になってみた。クライアントが「境界線を踏んでもいいですか?裸足ですけど。」
わたしは「裸足で踏んだ方がいいよ。」
しばらくして、その人はぽつりと言った。
「あ、境界線は私だったんだ。」
場が言っていることを、身体で受け取る。現前化し映し出す。
いつもそうできるわけではない。でも、その力をもっと育てたいと思っている。
それがわたしのセッションの、これからだ。
場に流れているもの
得体のしれない「怒り」や「憎しみ」や「悲しみ」を今の感情として表していたグループワークで、
突然、私の中に流れ込む「衝動」が、“和太鼓”を思い起こさせた。
同時に和太鼓の叩く音とバチを振り下ろすエネルギーを感じ、そこに宿る“感情の衝動のようなもの”をどうしても伝えたくなった。
その場で「和太鼓だ」とそのまま伝えると、その場にいた人が得体のしれない「怒り」や「憎しみ」や「悲しみ」を和太鼓がないにもかかわらずその場で叩き出した。
全員が本気で叩き、思いのたけをぶつけ出す。
必ずしも整っているわけではなく、はみ出し、尖っているのに何故か一体になっている。
そこにはクライエントもカウンセラーもなくそれぞれのエネルギーがほとばしるような時間だった。
そして、クライアントの号令で、ピタッと終わった。
ふと、何かがやってくる瞬間がある。
ピアノやマスク、境界線にもなってみる。
ZOOMで“四股”も踏んだ。
バラの花になって唯一無二の友に空の上まで会いに行く。
別のある日、「境界線があるんだよね」と言うクライアントがいた。
その瞬間、自分が溶けていくような感覚が来た。そのまま、自分が境界線になってみた。クライアントが「境界線を踏んでもいいですか?裸足ですけど。」
わたしは「裸足で踏んだ方がいいよ。」
しばらくして、その人はぽつりと言った。
「あ、境界線は私だったんだ。」
場が言っていることを、身体で受け取る。現前化し映し出す。
いつもそうできるわけではない。でも、その力をもっと育てたいと思っている。
それがわたしのセッションの、これからだ。
おかもと ちえ(岡本 知恵)
経歴・資格
障害者施設で23年携わる。
社会福祉士、産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、宝物ファイル認定講師、第一種衛生管理者、社会福祉会計簿記(上級)
2022年、カウンセラーを諦めようとしていた時、明治大学・諸富祥彦教授のもとでEAMAカウンセリングを学ぶ事を決意。
EAMAトレーニングコース2期生として学び、今に至る。
現在、EAMA岡山設立準備中。
おかもと ちえ
(岡本 知恵)
経歴・資格
障害者施設で23年携わる。
社会福祉士、産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、宝物ファイル認定講師、第一種衛生管理者、社会福祉会計簿記(上級)
2022年、カウンセラーを諦めようとしていた時、明治大学・諸富祥彦教授のもとでEAMAカウンセリングを学ぶ事を決意。
EAMAトレーニングコース2期生として学び、今に至る。
現在、EAMA岡山設立準備中。
セッションスキル「EAMA」について
わたしは、鏡になろうとしています。
茜色の空が水面の波にゆらぐように映し出せたら…
あなたの中にあるまだ言葉にならない感覚。
うまく説明できなくていい。
その感覚に、一緒に入っていきます。
あなたの「もう一人の自分」になりながら、
あなたの内側の世界を共に体験する。
そこから、あなた自身の「次の一歩」が生まれてきます。
セッションスキル
「EAMA」について
わたしは
鏡になろうとしています。
茜色の空が水面の波にゆらぐように映し出せたら…
あなたの中にあるまだ言葉にならない感覚。
うまく説明できなくていい。
その感覚に、一緒に入っていきます。
あなたの「もう一人の自分」になりながら、
あなたの内側の世界を共に体験する。
そこから、あなた自身の「次の一歩」が生まれてきます。
EAMAは、明治大学の諸富祥彦教授によって提唱された、
一人ひとりの内的体験を深く探究するための独自メソッドです。
- 「体験(Experience)」
- 「気づき(Awareness)」
- 「意味生成(Meaning)」
- 「アプローチ(Approach)」
それぞれの頭文字を冠したこの手法は、カール・ロジャーズの来談者中心療法を核としながら、
フォーカシング、プロセスワーク、ロゴセラピー(フランクル心理学)などを自然な形で統合しています。
最大の特徴は、カウンセラーが自分を消してクライアントの内的体験に完全に没入する「なりきり」の姿勢にあります。
クライアント(まだ言葉にできない内臓感覚レベルの心の中にある体験)や“場”に流れているエッセンスが、ふとカウンセラーの身体に入り込んでくる。
その感覚をそのまま受け取り、ありありと「映し出す」。
するとクライアントは、自分の内側にある体験が、まるで目の前に現れたように感じます。
クライアントに思わぬ気づきが生まれ、滞っていた人生が一歩前に進みだし、やがて展開し始めます。
こんな方に
● 頭ではわかっているのに動けない
●やりたいことがある気がするのにわからない
●自分の感覚が信じられない
● ただ、誰かに聴いてもらいたい
EAMAは、明治大学の諸富祥彦教授によって提唱された、
一人ひとりの内的体験を深く探究するための独自メソッドです。
- 「体験(Experience)」
- 「気づき(Awareness)」
- 「意味生成(Meaning)」
- 「アプローチ(Approach)」
それぞれの頭文字を冠したこの手法は、C.ロジャーズの来談者中心療法を核としながら、
フォーカシング、プロセスワーク、ロゴセラピー(フランクル心理学)などを自然な形で統合しています。
最大の特徴は、カウンセラーが自分を消してクライアントの内的体験に完全に没入する「なりきり」の姿勢にあります。
クライアント(まだ言葉にできない内臓感覚レベルの心の中にある体験)や場に流れているエッセンスが、ふとカウンセラーの身体に入り込んでくる。
その感覚をそのまま受け取り、ありありと「映し出す」。するとクライアントは、自分の内側にある体験が、まるで目の前に現れたように感じます。
クライアントに思わぬ気づきが生まれ、滞っていた人生が一歩前に進みだし、やがて展開し始めます。
こんな方に
● 頭ではわかっているのに動けない
●やりたいことがある気がするのにわからない
●自分の感覚が信じられない
● ただ、誰かに聴いてもらいたい
EAMAの土台となっている心理学
あなたの話を、ただ聴く
ロジャーズ心理学(来談者中心療法)
カール・ロジャーズが提唱。
人は本来、自ら成長し問題を解決する力を持つという前提に立ち、共感・受容・誠実な関わりを通して、その人自身の気づきと自己実現を支える心理療法。
身体の感覚に、耳を澄ます
フォーカシング(ジェンドリン)
ユージン・ジェンドリンが提唱。
言葉になる前の身体の実感(フェルトセンス)に静かに耳を澄まし、その感覚と対話しながら、新たな意味や気づきを立ち上げていく実践法。
場に流れるものを、受け取る
プロセスワーク(ミンデル)
アーノルド・ミンデルが提唱。
夢や身体症状、葛藤や偶然の出来事を、心身が示す意味あるプロセスとして捉え、その奥にある未開拓の可能性や成長の方向性を探究する心理学。
体験に、意味を見出す
ロゴセラピー(フランクル)
ヴィクトール・フランクルが提唱。
どんな時も人生には意味がある。あなたを待つ何かがあり、誰かがいる。たとえ人生に絶望しても、人生があなたに絶望することは決してないという思想。
自分を超えた何かと、つながる
トランスパーソナル心理学
1960年代後半、マズローやグロフらが創始した心理学。
自己実現を超えた意識や自己超越、スピリチュアルな体験を人間の成長過程として捉え、心・身体・精神を統合的に探究する心理学。
これらの心理学が
EAMAの中で自然に統合されています。
EAMAの土台となっている
心理学
あなたの話を、ただ聴く
ロジャーズ心理学
(来談者中心療法)
カール・ロジャーズが提唱。
評価せず、解釈せず、ただそこにいて聴く。
その姿勢そのものが、人の心を動かすという考え方。
EAMAのすべての土台。
身体の感覚に、耳を澄ます
フォーカシング(ジェンドリン)
ユージン・ジェンドリンが提唱。
言葉にならない身体の感覚(フェルトセンス)にそっと意識を向けることで、内側の声を聴いていく方法。
場に流れるものを、受け取る
プロセスワーク(ミンデル)
アーノルド・ミンデルが提唱。
夢、身体症状、人間関係、場の流れ…
そこに起きているすべてに意味があると捉え、プロセスに従っていく。
体験に、意味を見出す
ロゴセラピー(フランクル)
ヴィクトール・フランクルが提唱。
どんな体験にも意味がある。
苦しみの中にさえ、生きる意味を見つけることができるという思想。
自分を超えた何かとつながる
トランスパーソナル心理学
個人の自我を超えた体験 - 自然との一体感、深い静けさ、何かに呼ばれる感覚。
そうした体験も、人間の大切な内的世界として尊重する。
これらの心理学がEAMAの中で自然に統合されています。
セッションの流れ
初めての方へ
まずは、メールでご連絡ください。
あなたのことを少し聴かせてもらいながら、
セッションの流れや形式についてご説明します。
メニュー
通常セッション
50分
8000円
形式:オンライン(Zoom)/ ※対面 要相談
継続について
継続のペース・回数は、対話の中で一緒に決めていきます。
お申込み・お問い合わせ
しなやかであることと、
羽ばたくことは、
同じ動きの、ふたつの名前。
うまく言葉にできなくても大丈夫です。
「なんとなく気になった」
それだけで、十分です。
あなたが今感じている揺らぎは、
次の何かへの、助走かもしれない。
その振動を、ここで聴かせてください。