こころに"なってみる"
- 余白の中で、無音を聴く-
岡本 千恵
あなたの中に、まだ聴かれていない声がある。
あなたの中に
まだ聴かれていない声がある。
私たちは頭の中の「正しい言葉」で生きるうちに、心の底で震える本当の声に耳を傾ける事を避けようとしてしまいます。
こころは、言葉以前の「身体の感覚」としてそこにあります。
それは、まだ言葉にならない微細な振動であり、あなたの中に広がる圧倒的な「余白」そのものです。
私のカウンセリングは、あなたをどこかへ導く場所ではありません。
評価せず、解釈せず、ただそこにいて聴くこと。あなたの中に静かに息づく「まだ聴かれていない声」に
そっと意識を向け、その微細な振動を、共に聴き届ける時間です。
野生のような強さも、消え入りそうな危うさも、すべてをそのまま、ここにひらいてみる。
「こころになってみる」ことから、本当のあなたの物語が、静かに動き始めます。
「岡本千恵」という人
小さい頃のわたし
人見知りで、いつも一人だった。本当は寂しかった。
クマゼミでいっぱいの虫かごを斜めかけにして、来る日も来る日も山道を歩いていた。
今でも、命を削るクマゼミの叫びを左脇腹でジャンジャン響かせる。
あの響きがわたしの“何か”を掻き立てる。
カニの爪に指を挟まれたとき、カニの爪をもいだ。
そんな勝気な自分は、今でもある。
自然の中にいるとき、自分の感覚がいちばん正直だった。それは今も変わらない。
小さい頃の私
人見知りで、いつも一人だった。
本当は寂しかった。
クマゼミでいっぱいの虫かごを斜めかけにして、来る日も来る日も山道を歩いていた。
今でも、命を削るクマゼミの叫びを左脇腹でジャンジャン響かせる。
あの響きがわたしの“何か”を掻き立てる。
カニの爪に指を挟まれたとき、カニの爪をもいだ。
そんな勝気な自分は、今でもある。
自然の中にいるとき、自分の感覚がいちばん正直だった。それは今も変わらない。
変わらないわたし
とんびが「ぴーひゃららー」と鳴きながら旋回していると、私も大きく両手の翼をひろげて戯れてみる。
彼らはちゃんと私だとわかっている。
ただ、雨が降る暗い日は、いつもと違う。手を二倍伸ばせば届くほどの頭上を飛ぶ。その目は、獲物を捕らえる目だ。
狩られる前に狩るぞ。そんな自分も、ちゃんといる。
波打ち際に松の葉が一本立っていた。波が来てもさらわれず、しなっている。
すぐにはだしになって、松の葉になってみた。
波は味方だった。
波の呼吸に合わせて、しなる。
波打ち際を裸足で歩いたあと、足首から下に残る感覚は、水面を歩けるほどの軽さだった。
変わらないわたし
とんびが「ぴーひゃららー」と鳴きながら旋回していると、私も大きく両手の翼をひろげて戯れてみる。
彼らはちゃんと私だとわかっている。
ただ、雨が降る暗い日は、いつもと違う。手を二倍伸ばせば届くほどの頭上を飛ぶ。その目は、獲物を捕らえる目だ。
狩られる前に狩るぞ。そんな自分も、ちゃんといる。
波打ち際に松の葉が一本立っていた。波が来てもさらわれず、しなっている。
すぐにはだしになって、松の葉になってみた。
波は味方だった。
波の呼吸に合わせて、しなる。
波打ち際を裸足で歩いたあと、足首から下に残る感覚は、水面を歩けるほどの軽さだった。